ワインの発信基地となった『スープル』では、稀有なコラボディナーが次々と開催されています。5月12日は、カリフォルニアの名門ワイナリー「RIDGE VINEYARDS(リッジ・ヴィンヤード)」と本町の人気イタリアン『Alla Goccia(アッラゴッチャ)』の共演。この日の向けて、オーナーソムリエの鷲谷紀子は、『スープル』との合同チームを結成し、「リッジ」の6本のワインを試飲。北村 仁シェフは、ひらめきと遊び心に満ちた料理を次々と考案し、ワンチームでの素晴らしいマリアージュを創出しました。その全容をご紹介します。
カリフォルニアワインに魅せられて四半世紀以上。オーナー・ソムリエの鷲谷紀子は何度も「リッジ」の本拠地、サンタ・クルーズを訪れています。
「家族経営でないワイナリーはよく醸造チームが変わるのですが、『リッジ』はいつ訪ねても旧知の方が迎え入れてくれます。今日は、トップワインメーカーのジョン・オルニー氏の初来日に合わせて、オーナーである大塚食品のワイン部部長・黒川信治さんも来店してくださいました」。
通訳は、「リッジ」とゆかりの深いワインライターの立花峰夫さんです。
「リッジ」の強みは、チーム力。そこで、鷲谷紀子が料理を依頼したのは、本町のイタリアン『アッラゴッチャ』。イタリア語で「雫」という屋号の由来は、「生産者、料理、ワイン、スタッフなど、その一つ一つを小さな雫に例えて、たくさんの雫が集まり、いつか大きな海となりますように…」とHPに綴られています。
シェフの北村 仁さん、ソムリエの上山晃弘さん、パティシエの増山尚子さん。そこに、『スープル』の鷲谷紀子と西村道和を加えた『アッラゴッチャ』&『スープル』合同チームは、コラボディナーに向けて「リッジ」を試飲。食材との相性から、ワインを出すタイミングまでディスカッションし、コースを構成しました。
「グルナッシュ・ブラン」×2種の前菜
「今日は、ワンチームで奏でるマリアージュをお楽しみいただきます!」。
北村シェフの挨拶に続き、乾杯の発声はワッシーが担当。乾杯酒に選んだのは、単一畑を謳う「リッジ」では少数派の白ワイン「グルナッシュ・ブラン」2023年です。
「この白ワインには3つの畑のブドウが使われています。ブレンドによって素晴らしいフレッシュ感とアロマが備わった1本。口開けには最適です」とはジョン氏の解説。
始まりの一皿は、和歌山の一本釣りのカツオが主役の前菜です。
「背の部分は鮮やかな赤身で、腹身はとても脂がのっていたので、少し炙ってガルム(イタリアの魚醤)でマリネし、タルタルにしました。華やかなグルナッシュ・ブランに合わせて、ハーブを薫らせています。今が旬の碓井豌豆とリコッタチーズのピューレを敷いて、イタリアのキャビアで塩気を添えています。一口でどうぞ!」(北村シェフ)。
様々な味わいや食感を重ねながらも、一体感を創出するシェフの手腕がお見事。そこに、グルナッシュ・ブランを合わせると、酸の効果でさっぱりとした後味になります。
「魚介と相性のいい白ですから、とてもいいハーモニーですね」とジョン氏もご満悦でした。
2皿目の前菜は、「天然真鯛 ハリイカ カリフラワー」。
「旬の魚介の共演です。イカの甘みをより感じてほしかったので、表面をさっとボイルして半生に。グルナッシュ・ブランとの相性を深めているのは、カリフラワーのピューレです」と、北村シェフ。
「グルナッシュ・ブラン」2023に使われているピックプールというブドウには、シトラスのフレーバーがあります。その柑橘系の酸味に呼応させるべく、この一皿にはさり気なくレモンを利かせています。
「ローン オーク シャルドネ」×ホワイトアスパラガスの洗練
「ローン オーク」2023年のシャルドネは、アメリカンオーク樽由来のこっくりとした風味が印象的。新樽の使用率を抑えることで、ブドウ本来のピュアなフレーバーを生かし、バランスのよいエレガントな味わいに仕上げています。
このシャルドネに合わせて登場は、甘鯛のヴァポーレ。蒸し焼きのような加熱で、甘鯛のふくよかな持ち味を引き出しています。大振りの帆立貝はソテーに。旬のホワイトアスパラガスは、穂先をボイルして添え、根元はピューレにして魚介の下に忍ばせています。
「魚介の旨みたっぷりのソースを合わせました。ワインとの相性を考えて、バターを加え、リッチに仕上げています」(北村シェフ)。
このシェフの采配は大当たり。力強くも品のあるシャルドネと、ホワイトアスパラガスの洗練された相性を軸に、魚介のシンプルな旨みが一口ごとに増していくよう。
シャルドネのコクとバターの相乗効果で、力強い余韻が感じられます。
軽快なジンファンデルに、鰻+トマトの妙
「リッジ」は赤ワインがつとに有名ですが、その代表品種の一つがジンファンデルです。
ジョン氏は「私たちのジンファンデルは、ジンファンデルらしくないのが魅力。濃厚さはなく、抑制が効いていて、フードフレンドリーです」と解説。
この夜は2021年の畑違いのジンファンデルを2種類用意しました。
「この2本は兄弟のような関係です」とジョン氏。その兄貴分が、1966年から造り続けている「ガイザーヴィル」。ソノマ郡アレキサンダー・ヴァレーの西端に位置する畑です。
赤い果実を思わせる酸を帯びた軽快な味わい。「ガイザーヴィル」を試飲した際、シェフは「力強い香りと底味に感じる甘みから、鰻のリゾットが頭に浮かんだ」と話します。
そこで、鰻は焼き感を強めた香ばしい白焼きにし、骨の部分でなんとだしを取りました。「このジンファンデルに青っぽさを感じたので」トマトとミントを合わせる発想が斬新です。
鰻にトマトの取合せもチャレンジングですが、そこにミント⁉ ゲストもジョン氏も期待を込めて、リゾットを一口。「これは絶品!」と、そこここから声が上がり、北村シェフは「ミントの成せる業です」と、したり顔に(笑)。
骨太ジンファンデルに、仔牛の煮込み
「リッジ」のジンファンデル兄弟の弟分は「リットン・スプリングス」。
「ガイザーヴィル」がカリニャンによる酸味を帯びているのに対し、こちらはペティト・シラー由来のタンニンが存在感を放ちます。
「このジンファンデルには煮込み料理がいいと思いました」と北村シェフ。
イタリア産の仔牛をほろほろとほぐれるくらいの軽く煮込みにし、パンチェッタとマッシュルームのドゥクセル(ペースト状の煮込み)と合わせ、塩気を補っています。
蓋のように被せたのは、ジャガイモのクロッカンテ。カリッパリッとした食感がアクセントになっています。
「クロッカンテを崩して、全体を混ぜながら召し上がってください」。
ふわっと香るのはローズマリー。ジャガイモの甘みとチーズの塩気、煮込みのコクが相まって複雑味を創出しています。
その余韻が冷めやらぬうちに「リットン・スプリングス」を一口。黒い果実を思わせる濃密さが、料理を包み込むような相性を見せます。
「モンテベロ」2021をイタリア風すき焼きと⁉
「リッジ」の名を一躍世界中に広めた赤ワインといえば、カベルネ・ソーヴィニヨン主体の「モンテベロ」です。この赤ワインは、創業者が初めて醸したヴィンテージがルーツ。まさに「リッジ」のフラッグシップです。
伝説のパリ・テイスティング(1976年)でフランスの銘醸ワインと互角に渡り合い、30年後のリターンマッチでは2位以下を圧倒して首位を獲得。
この夜、私たちは2021年と2010年の飲み比べを提案しました。「モンテベロ」の熟成ポテンシャルを体験していただこうという試みです。
とはいえ、「モンテベロ」2021年は、鷲谷紀子曰く「100ポイントを3つ獲得した、300点の赤として賞賛されています。パリ・テイスティングでも証明されたように、『モンテベロ』は若くても、熟成しても美味しいということを皆さんに体感していただきたくて」。
収穫から3年の熟成を経て2024年にリリースされたこの1本は、名だたる評論家3人が100点満点を付けたことで、“驚異のヴィンテージ”として、すでに希少。
スムースな舌触りから、澄んだ果実味とピュアな酸味が口中に満ち、気品にあふれています。
「このワインを味わった時、パッとひらめいたのは、すき焼き(笑)」と、北村シェフ。
イタリアンゆえ醤油に頼らず、黒毛和牛の雌牛にレンズ豆と新ゴボウを合わせ、マルサラ酒や赤ワイン、ハチミツなどを使って甘辛く炊いています。
白いソースは、新玉ネギを水だけで炊いたもの。大阪人らしくシェフが洒落を利かせたかどうかは不明ですが、この黒毛和牛の部位もまた「シンタマ」。
ジョン氏が初来日ということもあり、北村シェフ曰く「せっかく大阪まで足を延ばしてくれたから、阪南市のブレンド牛『なにわ黒牛』を使いました」。
一口味わったジョン氏は、「2021年の『モンテベロ』と完璧なペアリング!」と絶賛。牛肉の脂の旨みとすき焼き風の味付けが、「モンテベロ」の果実味と驚くほどリンクしています。
ベストマリアージュは、「モンテベロ」2010×詰め物パスタ
「モンテベロ」2010年をサーブすると、会場のそこここから感嘆の声が。ジョン氏は相好を崩して、こう解説しました。
「多くの赤ワインは熟成を経て果実味が落ち着きますが、『モンテベロ』は15年くらい寝かせることで、鮮やかなフレッシュ感が際立ってきます」。
アメリカンオーク樽が備えたバニラ香は、熟成によって穏やかになり、生き生きとした果実味を引き立てます。驚くべき熟成ポテンシャルを感じさせるこの1本に合わせて、北村シェフが仕立てたのは、「トルテリ イン ブロード」。
フランス産ビゴール豚をパルミジャーノ、ブラータの2種のチーズ、ポルチーニと合わせ、指輪の形をした詰め物パスタに。「牛のコンソメでは強すぎてワインといい相性ではなかったので、3~4割ほど鶏肉を加えたコンソメに浮かべています。しっかりとした旨みに、軽さを加えて仕上げました」。
3種の肉の旨みがシンプルかつ力強く感じられます。「これは、今日一のマリアージュですね」と、ジョン氏は満面の笑みに。「塩気が強めなのも、好相性を後押ししています」。
ジョン氏のバースデーを祝ってフィナーレ!
実は、この日はジョン氏の誕生日でした!
『アッラゴッチャ』のパティシエ・増山さんは、お祝いのサプライズ・デザートを用意。
ジョン氏が嬉しそうにロウソクを吹き消すと、拍手喝采が起こりました。
「皆さんのグラスに『モンテベロ』が残っているだろうと想定して、デザートを仕立てました。パッションフルーツ風味のチョコレートタルトに、ほろ苦いキャラメルのクリームを添えています」(パティシエ・増本さん)。
2021年とは安定感ある相性を奏でましたが、驚いたのは2010年とのハーモニー。パッションフルーツの酸味が、熟成した赤ワインのフレッシュ感をより鮮明に感じさせます。
「どのマリアージュも素晴らしかったです! 『スープル』&『アッラゴッチャ』のチーム力で、バースディも演出していただき、幸せなひと時を過ごすことができました」。
ジョン氏がこの夜のディナーを総括すると、チームを代表して鷲谷紀子が閉幕の挨拶を。
「ワインを通じて、カリフォルニアを感じていただけたら幸いです。実は私、2000年のアソートを1セットだけ隠し持っていまして(笑)。ぜひ、『アッラゴッチャ』で一緒に飲みたいので、また企画させていただきます!」。